膝周辺の滑液包炎(Bursitis around the Knee Joint)
膝関節の周囲には、骨と皮膚、腱、靱帯などの間で摩擦を軽減するために、滑液包と呼ばれる小さな袋状の構造が多数存在しています。滑液包の内面は滑膜で覆われており、通常は扁平で目立たない構造ですが、過度な圧迫や摩擦、繰り返す負荷によって炎症を起こすと、内部に滑液が貯留して袋状に膨らみ、痛みや腫れを伴う「滑液包炎」となります。
膝周囲では、以下のような部位に滑液包炎が発生しやすいとされています。
滑液包の名称 |
解剖学的位置 |
主な症状・特徴 |
上膝蓋滑液包炎 |
大腿四頭筋と大腿四頭筋腱の深部、膝蓋骨上方 |
膝蓋骨上方の腫脹。関節液と交通することがあり、関節炎と併発することもある。 |
前膝蓋滑液包炎 |
膝蓋骨の前面、皮膚直下 |
「ハウスメイド膝」とも呼ばれ、膝をつく作業で発症。前面の腫脹と圧痛が特徴。 |
浅下膝蓋滑液包炎 |
膝蓋腱の前面、皮膚直下 |
膝蓋下部の腫れ。膝蓋前滑液包炎と類似するが、やや下方に位置。 |
深下膝蓋滑液包炎 |
膝蓋腱と脛骨の間(深部) |
膝蓋腱後面の深部痛。圧痛は明瞭でないが、屈伸時の違和感を訴えることがある。 |
ベーカー嚢胞(膝窩滑液包炎) |
膝窩部(膝裏)、半膜様筋腱と腓腹筋内側頭の間 |
変形性膝関節症やRAに伴って発生。膝裏の腫脹・圧迫感。関節液と交通することが多い。 |
鵞足滑液包炎 |
膝内側下方、鵞足(薄筋・半腱様筋・縫工筋)と脛骨内側顆の間 |
ランナーに多く、膝内側の運動時痛や圧痛。階段昇降や坂道で悪化しやすい。 |
これらの滑液包炎は、打撲や転倒などの外傷、あるいは膝をつく作業やスポーツなどによる繰り返しの刺激が原因となって発症します。また、筋緊張のアンバランスや柔軟性の低下も発症リスクを高める要因とされています。
治療はまず保存的に行われ、安静、アイシング、消炎鎮痛薬の内服や外用、膝装具による保護、滑液の穿刺・排液後の圧迫固定、ステロイドの局所注射などが選択されます。近年では、超音波ガイド下での滑液包穿刺や注射(ステロイド+局所麻酔剤)が安全かつ効果的な手段として広く用いられています。また、慢性化した症例や保存療法に抵抗する場合には、関節鏡視下あるいは皮切下での滑膜切除術(滑液包切除術)が検討されます。
再発予防の観点からは、原因となる動作や姿勢の見直し、筋柔軟性の改善、荷重バランスの調整などを含めた理学療法的アプローチが重要です。
膝周囲滑液包炎に対する理学療法の実践的アプローチ
1. 急性期(炎症・腫脹が強い時期)
アイシング(1回15〜20分、1日数回)で局所の炎症と腫脹を抑えます。
圧迫包帯やパッドを用いて滑液包の拡張を抑制し、安静を確保します。
荷重軽減(杖や松葉杖の使用)や膝装具で患部の機械的刺激を最小限にします。
超音波療法(1MHz、0.8〜1.2W/cm²、連続波)で深部の循環促進と疼痛緩和を図ります。
2. 回復期(炎症が落ち着き、可動域や機能の改善を目指す時期)
滑液包周囲の軟部組織(腱・筋膜・皮膚)の癒着リリース
→ 例:鵞足滑液包炎では、脛骨内側顆に対する皮膚-筋膜間のモビライゼーションを行い、滑走性を改善します。
関節可動域訓練(ROMエクササイズ)
→ 痛みのない範囲で膝屈伸運動を行い、関節拘縮を予防します。
筋力強化訓練
→ 大腿四頭筋、股関節外転筋、ハムストリングスなど、膝関節の安定性に関与する筋群をターゲットにします。
→ クワッドセッティング、ヒップアブダクション、ブリッジ運動などが推奨されます。
3. 慢性期・再発予防期
姿勢・動作指導
→ 膝をつく作業や過度な屈伸動作の回避、荷重バランスの見直しを行います。
テーピングやブレースの活用
→ 動作時の滑液包への負荷を軽減し、再発予防に寄与します。
ストレッチとセルフモビライゼーション
→ ハムストリングス、腸脛靭帯、鵞足筋群などの柔軟性を高め、滑液包への摩擦を減らします。
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