深部静脈血栓症・肺塞栓症 deep vein thrombosis; DVT
エコノミー症候群として一般に知られていますが、じっとした状態が続くと流れが遅くなり静脈内に血栓ができ、それが血流に乗って流れると心臓を経て肺動脈を詰まらせてしまい、大きな血栓が飛ぶと致命的となることがある怖い病気です。
静脈血栓症は、日常生活でも脱水や運動不足などで起こることがあります。急性のものと慢性のものに分けられます。
高齢になると下腿の小さな静脈血栓は超音波検査でかなり見つかります。
症状は足のむくみです。特に片方の足だけが急にむくんできた場合は要注意です。
下肢の静脈血栓の場合、下肢全体を超音波で調べます。血液検査もします。
治療は循環器内科で行います。
整形外科では足が腫れたと外来受診されます。血栓がみつかれば循環器中で治療を行ってもらいます。
また整形外科の下肢の手術後に発生することがあります。リスクに応じて予防ガイドラインに沿った予防策を講じて手術を行います。
深部静脈血栓症(DVT)・肺塞栓症(PE)概要
項目 |
内容 |
病態 |
血流うっ滞・血管内皮障害・過凝固状態(Virchowの三徴)によって静脈内に血栓形成 → 肺動脈に飛散するとPE |
リスク因子 |
長時間の不動、脱水、肥満、妊娠、悪性腫瘍、術後(特に整形外科手術後) |
主な症状 |
・片側下肢の腫脹・疼痛
・PEでは突然の呼吸困難、胸痛、失神 |
検査 |
・下肢エコー(静脈血流の確認)
・Dダイマー(高値なら疑い)
・造影CT(PEの評価) |
治療 |
・抗凝固療法(ヘパリン、DOACなど)
・重症例では血栓溶解療法または外科的血栓除去術 |
整形外科の関わり |
・術後DVT予防(弾性ストッキング・早期離床・抗凝固薬)
・足の腫れを訴える患者での鑑別診断 |
急性期と慢性期の血栓症の違い
項目 |
急性期DVT / PE |
慢性期(慢性血栓塞栓性肺高血圧症など) |
発症 |
急激な症状出現(数時間~数日) |
数週間~数カ月をかけて進行 |
症状 |
片脚の急な腫脹・疼痛、呼吸困難 |
労作時呼吸困難、下肢浮腫の遷延 |
血栓 |
新鮮で可逆的 |
組織化し慢性的な血流障害を残す |
診断ツール |
エコー、D-ダイマー、造影CT |
心エコー、肺換気血流シンチなど |
治療方針 |
抗凝固薬による再発防止が主体 |
肺血管拡張薬、血栓摘除術など検討 |
整形外科的関連 |
術後発症、運動制限時の発症 |
関節可動域制限・浮腫による慢性痛 |
予防のための運動・水分管理の具体策
カテゴリ |
具体的な方法 |
運動 |
・1時間ごとに足首を10回程度動かす
・立位保持が難しい場合でも足の屈伸・つま先上げを座位で実施
・術後は医師の指示に従い早期離床を目指す |
水分管理 |
・こまめな水分摂取を意識(コップ1杯を2〜3時間おき)
・特に飛行機・長時間座位では脱水防止を徹底
・過度のカフェイン・アルコールは脱水を助長するため注意 |
補助具の活用 |
・弾性ストッキングや間欠的空気圧迫装置(IPC)の併用も有効 |
啓発 |
・エコノミークラス症候群対策を含め、患者・家族への教育も重要 |
急性期DVTの症状(発症から数日〜数週間)
症状 |
説明 |
片側性の下肢腫脹 |
特にふくらはぎ〜大腿にかけて急激に腫れる。左右差が明らか。 |
疼痛・圧痛 |
血栓部位に一致して痛みが出現。歩行や圧迫で増悪することも。 |
皮膚の色調変化 |
暗赤色〜紫色。静脈うっ滞による充血が原因。 |
熱感・発赤 |
血栓による炎症反応。蜂窩織炎との鑑別が必要。 |
表在静脈の怒張 |
側副血行路の発達により、皮膚表面に浮き出ることがある。 |
無症候性もありうる |
特に遠位型(下腿型)では無症状のことも少なくない。 |
慢性期DVTの症状(数カ月〜数年)
症状 |
説明 |
慢性的な下肢のむくみ |
静脈弁不全による血液の逆流・うっ滞が原因。 |
皮膚の色素沈着 |
特に内果周囲に褐色〜黒褐色の沈着(ヘモジデリン沈着)。 |
皮膚硬化・脂肪織炎 |
慢性炎症により皮膚が硬くなり、弾力を失う。 |
静脈性潰瘍 |
難治性の潰瘍が内果周囲に形成されることがある。 |
下肢の重だるさ・易疲労感 |
長時間の立位や歩行で悪化。生活の質を低下させる。 |
血栓後症候群(PTS)
慢性期DVTの代表的な後遺症で、静脈弁の破壊による慢性静脈不全が主因です。発症予防には、急性期からの適切な抗凝固療法と弾性ストッキングの使用が重要とされています。
■下肢静脈エコーについて
血栓の有無・部位・性状の確認
血流の有無・方向・速度の評価
静脈弁機能の確認(逆流の有無)
急性期か慢性期かの鑑別
検査の基本手順
ステップ |
内容 |
1. 体位の選択 |
仰臥位または半坐位。大腿部は仰臥位、膝窩・下腿部は坐位が適する。 |
2. 探触子の操作 |
リニアプローブ(7.5~10MHz)を使用し、静脈を縦断・横断で観察。 |
3. 圧迫法(compression test) |
探触子で静脈を圧迫し、完全に潰れるかを確認。潰れなければ血栓の可能性大。 |
4. カラードプラ法 |
血流の有無・方向を視覚的に確認。逆流や血流停止を検出。 |
5. ミルキング法 |
抹消側を圧迫し、中心側への血流が誘導されるかを確認。弁機能評価にも有用。 |
所見のポイント
所見 |
意味 |
非圧迫性の低エコー像 |
新鮮な血栓(急性期)を示唆 |
高エコーで壁に付着した像 |
組織化した血栓(慢性期) |
血流の欠如 |
完全閉塞の可能性 |
逆行性血流 |
静脈弁不全や穿通枝不全を示唆 |
側副血行路の発達 |
慢性閉塞の代償機構 |
*非圧迫性の低エコー像:プローブで圧迫しても形が変わらない
大腿静脈・膝窩静脈:近位型DVTの好発部位
ヒラメ静脈・腓腹静脈:遠位型DVTの評価に重要
穿通枝・表在静脈との合流部:逆流や弁不全の評価
■エコー所見 × 臨床症状マトリクス
エコー所見 |
臨床症状との関連 |
急性 or 慢性 |
解説 |
圧迫不能な低エコー像 |
急な片側性腫脹・疼痛 |
急性期 |
新鮮な血栓で静脈が潰れず、疼痛や熱感を伴うことが多い |
血流欠如(カラードプラで無血流) |
チアノーゼ・皮膚色変化 |
急性期 |
完全閉塞による血流遮断。PEリスクも高い |
高エコーで壁付着性の像 |
慢性的な浮腫・色素沈着 |
慢性期 |
組織化した血栓。弁不全やPTSの原因となる |
静脈弁の逆流(逆行性血流) |
立位での下肢重だるさ・易疲労感 |
慢性期 |
静脈弁機能不全による慢性静脈うっ滞 |
側副血行路の発達 |
表在静脈怒張・慢性浮腫 |
慢性期 |
長期閉塞に対する代償機構。PTSの一因 |
ヒラメ筋静脈内の血栓(遠位型) |
無症候性または軽度の腫脹 |
急性期(軽症) |
歩行時の違和感程度。進展リスクあり要経過観察 |
エコー所見と治療方針の対応表
エコー所見 |
血栓の性状・部位 |
治療方針 |
解説 |
近位型DVT(大腿・膝窩静脈)で圧迫不能な低エコー像 |
新鮮な血栓(急性期) |
即時抗凝固療法開始(DOACまたはヘパリン) |
PEリスクが高く、積極的治療が必要 |
遠位型DVT(ヒラメ筋・腓腹筋静脈)で限局性血栓 |
軽症・無症候性 |
経過観察または2週間後再評価 |
症状や進展リスクに応じて治療開始を検討 |
高エコーで壁付着性の血栓像 |
組織化した慢性血栓 |
抗凝固療法の継続 or 終了判断 |
再発リスクや症状に応じて判断。PTS予防が主眼 |
逆行性血流(弁不全)あり |
静脈弁機能不全 |
弾性ストッキング・圧迫療法中心 |
抗凝固の適応は乏しく、慢性浮腫対策が主体 |
側副血行路の発達 |
慢性閉塞の代償 |
保存的治療+生活指導 |
血栓除去の適応は乏しく、PTS管理が中心 |
補足
近位型DVTは肺塞栓症(PE)のリスクが高いため、抗凝固療法が原則。遠位型DVTは症状やリスクに応じて治療 vs 経過観察を選択。
慢性期所見では、抗凝固の継続可否やPTS対策が焦点となりま
■WellsスコアとD-dimer、下肢エコーを組み合わせたDVT(深部静脈血栓症)の統合的判断フローチャート
Wellsスコアの構成(簡略版)
項目 |
点数 |
活動性のがん |
+1 |
麻痺・ギプス固定 |
+1 |
臥床 ≥3日 or 4週以内の手術 |
+1 |
深部静脈走行部の圧痛 |
+1 |
下肢全体の腫脹 |
+1 |
腓腹部の左右差 ≥3cm |
+1 |
圧痕性浮腫 |
+1 |
表在静脈の怒張 |
+1 |
既往歴あり(DVT) |
+1 |
他の診断がより妥当 |
−2 |
0点以下:低リスク
1〜2点:中等度リスク
3点以上:高リスク
■DVT診断の統合的判断フロー
臨床評価:Wellsスコアを算出
0点以下(低リスク)
→ D-dimer測定
陰性 → DVT除外
陽性 → 下肢静脈エコーへ
1〜2点(中等度リスク)
→ D-dimer測定
陰性 → DVT除外
陽性 → 下肢静脈エコーへ
3点以上(高リスク)
→ D-dimerを待たずに下肢静脈エコーへ直行
下肢静脈エコー
陽性(血栓あり)→ 抗凝固療法開始
陰性(血栓なし)
→高リスク or 症状持続 → 1週間後に再エコー
→低〜中リスク → DVT否定
■下腿三頭筋に静脈血栓をエコーで認めた場合の対応
整形外科ではよく遭遇するので、対応法についてまとめてみました。
下腿三頭筋(腓腹筋・ヒラメ筋)内の静脈、特にヒラメ静脈や腓腹静脈に血栓を認めた場合、遠位型DVT(distal DVT)に該当します。
下腿三頭筋内静脈血栓の対応フローチャート
血栓があり、腫れや痛みがあれば要治療。症状がなく限局していれば、5-7日ほど経過観察
所見 |
対応方針 |
解説 |
無症候性・限局性の血栓 |
経過観察(再エコー:5〜7日後) |
自然消退することも多く、過剰治療を避ける |
症候性(腫脹・疼痛あり) |
抗凝固療法を検討(DOACなど) |
近位進展リスクがあるため、症状とリスクで判断 |
血栓が近位へ進展中 |
抗凝固療法開始 |
PEリスクが高まり、治療介入が必要 |
術後・高リスク患者での発見 |
原則抗凝固療法+再評価 |
整形外科術後などでは予防的治療が推奨されることも |
補足ポイント
ヒラメ静脈は静脈ポンプの中心であり、血栓が生じやすい部位です。
遠位型DVTの約15〜20%が近位へ進展するとされ、特に症候性・高リスク背景(術後・悪性腫瘍など)では注意が必要です。
再評価のタイミングは通常5〜7日後。進展がなければ経過観察継続、進展あれば治療開始
|