【結論】
胸骨痛は、炎症性・変性疾患から外傷・感染・腫瘍性病変に至るまで幅広い病態を背景に発症します。
そのため、臨床所見と画像診断を統合した慎重な評価が必要となります。以下では、胸骨痛をきたす主要疾患について詳細に述べます。
【根拠】
■ Tietze症候群
Tietze症候群は、肋軟骨と胸骨の移行部に発生する限局的な非感染性炎症で、主として若年から中年の患者さんにみられます。
典型的な病変部位は第2〜3肋軟骨で、局在性の高さが診断上の重要な特徴となります。
病態は肋軟骨周囲の滑膜性炎症と軽度の軟骨肥厚から成り、組織学的には線維性変化と軟部の浮腫が主体です。
症状は突然の胸骨縁痛として始まり、深呼吸や咳嗽、体幹回旋によって容易に誘発されます。
身体所見では、圧痛に加えて局所の腫脹を伴う点がCostochondritisとの大きな鑑別点となります。
画像所見ではX線は正常であることが多い一方、MRIではT2強調像やSTIR像で軟部周囲の浮腫が明瞭になり、造影MRIでは限局的な増強がみられます。
治療はNSAIDsと局所安静が中心で、難治例では局所ステロイド注射が検討されますが、確立したエビデンスはありません。
■ 非感染性胸肋関節炎(Costochondritis)
胸肋関節炎は、肋軟骨—胸骨接合部に生じる非感染性炎症で、中年以降の女性に比較的多くみられます。
Tietze症候群と異なり腫脹を伴わず、複数肋間に広がる圧痛が特徴的です。病態は肋軟骨周囲の滑膜炎と軟部組織炎症で説明され、組織学的には軽度の滑膜増殖と血管新生が認められます。
患者さんは胸骨縁の不快感や鈍痛を訴え、深呼吸や上肢挙上で症状が増悪します。画像診断ではX線・CTで決定的所見が得られないことが多く、MRIにて滑膜炎を示唆するT2強調像の変化がみられる場合があります。
治療はNSAIDsを中心とした保存療法で、症状が遷延する症例では胸郭の可動性改善を目的とした理学療法が有効とされています。
■ SAPHO症候群
SAPHO症候群は、無菌性骨炎と皮膚疾患(掌蹠膿疱症や重症痤瘡)を背景とする疾患群で、胸鎖関節や胸肋関節を好発部位とします。
病態は慢性骨髄炎に類似しますが、感染性病原体は同定されず、遷延性の炎症が骨硬化や骨膜反応として表出します。
臨床的には胸鎖関節の鈍痛や腫脹に加え、皮膚症状の合併が診断の大きな手がかりとなります。
CTでは胸骨柄や鎖骨近位の対称性硬化を示す“bullhead sign”が特徴的であり、MRIでは骨髄浮腫がT2強調像・STIR像で明瞭となります。
治療はNSAIDsを基本とし、骨痛に対するビスフォスフォネートの有効性が報告されています。
難治例ではTNF阻害薬やIL-17阻害薬といった生物学的製剤が用いられることがありますが、無作為化比較試験は存在しないため、専門家による判断が推奨されます。
■ 胸骨骨折
胸骨骨折は交通外傷や転倒によって胸骨が前後方向に圧縮されることで生じます。高齢患者では骨粗鬆症を背景に軽微な外傷でも発生するため注意が必要です。
症状は鋭い限局痛で、吸気や咳嗽動作に伴って増悪します。身体所見では圧痛を認めますが、必ずしも明瞭な変形はみられません。診断にはCTが最も優れており、X線では見逃されることが少なくありません。
MRIは骨髄浮腫の評価に有用ですが、急性期診断ではCTが第一選択といえます。治療は通常保存的で、短期間の胸郭固定と疼痛管理を主体とします。
■ 胸鎖関節脱臼(前方・後方)
胸鎖関節脱臼は稀ではありますが、特に後方脱臼は縦隔臓器を圧迫する可能性があり、緊急性を伴うことがあります。
前方脱臼では胸鎖関節の前方突出がみられる一方、後方脱臼では鎖骨近位端が縦隔側に転位することで、陥凹とともに嚥下障害や呼吸苦を伴う場合があります。
X線のみでは判断が困難であり、関節の位置関係を正確に評価するためにはCTが必須です。
治療は整復と固定を基本としますが、後方脱臼では血管・気道損傷の可能性があるため、専門医による慎重な判断が求められます。
■ 化膿性胸鎖関節炎・胸肋関節炎・胸骨骨髄炎
胸骨周囲の感染は、糖尿病や免疫抑制状態など全身的な要因を背景として発症しやすく、Staphylococcus aureus が最も頻度の高い起因菌とされています。
臨床像は発熱、強い局所痛、夜間痛を特徴とし、胸鎖関節部の発赤・腫脹・熱感が明確にみられます。
画像ではMRIが最も鋭敏で、T1低信号・T2高信号の骨髄浮腫や軟部膿瘍の描出に優れます。
CTは骨皮質の破壊やガス像の検出に適しており、感染の広がりの把握に役立ちます。
治療は抗菌薬と必要に応じたドレナージが中心となり、進行例では外科的介入が検討されます。
■ 胸骨腫瘍(原発・転移)
胸骨に発生する腫瘍は稀ですが、軟骨肉腫・骨肉腫・Ewing肉腫などが代表的で、いずれも破壊性骨病変として胸壁の構造を障害します。
症状は緩徐に進行する胸骨痛で、進行例では腫瘤として触知されることもあります。
X線では溶骨性または硬化性変化がみられ、軟骨性腫瘍では特有の石灰化像が観察されます。
CTは皮質骨破壊や腫瘍の内部構造の評価に優れ、MRIは軟部組織への浸潤範囲を精密に把握するために不可欠です。
転移性腫瘍は胸骨腫瘍のなかで最も頻度が高く、乳癌・前立腺癌・腎癌などが原発として知られています。いずれも確定診断には組織診が必要で、治療は原発腫瘍に準じて行われます。
【注意点・例外】
胸骨痛は整形外科的な病態だけでなく、急性冠症候群、大動脈解離、肺塞栓といった生命に関わる疾患を含むため、初期診療ではこれらを迅速に除外することが必須です。
高齢者や免疫抑制のある患者さんでは感染の頻度が高く、発熱・CRP・血液培養が重要な所見となります。また、いずれの疾患においても画像所見だけで確定診断はできず、臨床症状・血液検査・経過などを総合的に評価する必要があります。
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