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整形外科 外科
リハビリテーション科

2025-12-02 JST

流行性筋痛症(Epidemic Myalgia)

【結論】

流行性筋痛症(Epidemic Myalgia)は、別名ボルンホルム病(Bornholm Disease)またはPleurodyniaとも呼ばれるウイルス性疾患です。主な原因はコクサッキーウイルスB群であり、胸壁や腹部の筋肉に急激で激しい疼痛(筋痛)を生じることが特徴です。自然軽快する予後良好な疾患ですが、特に胸部の激痛は心筋梗塞や胸膜炎、急性腹症といった緊急疾患との鑑別を要します。


【根拠】

1. 流行性筋痛症(ボルンホルム病)

(1) 疫学/発生部位

  • 疫学: 世界的に散発的な発生が見られますが、夏から秋にかけて集団発生(流行)することが知られています。小児や若年者に多く見られます。

  • 発生部位: 主に胸壁の肋間筋腹壁の筋肉に激しい疼痛が生じます。

(2) 病態/組織学

  • 病態: 主な原因ウイルスはコクサッキーウイルスB群です(特にB3、B5型)。ウイルスがこれらの筋組織に感染し、**炎症(筋炎)**を引き起こすことで疼痛が生じます。

  • 組織学: 侵された筋組織に非特異的な炎症性細胞浸潤が認められます。

(3) 典型的症状

  • 急性発症: 38℃以上の高熱を伴い、突然に激しい筋肉痛(筋痛)が出現します。

  • 疼痛の性質:

    • 胸痛: 深呼吸で増悪する鋭い胸痛(胸膜炎に似る)を呈することが多く、狭心症や胸膜炎との鑑別が必要です。

    • 腹痛: 上腹部や側腹部に強い痛みが生じ、急性腹症(虫垂炎、胆嚢炎など)と誤診されることがあります。

  • その他: 頭痛、咽頭痛、倦怠感などが先行することがあります。

(4) 身体所見

  • 侵された胸部または腹部の筋肉に圧痛を認めます。

  • 疼痛が激しいため、体動が困難になることがあります。

  • 一般的な炎症所見(発熱など)を伴います。

(5) 画像所見(modality ごと)

  • X線:

    • 胸部X線では、通常、異常所見を認めません(胸水や肺炎像は見られない)。

  • 超音波:

    • 腹部の超音波検査では、腹痛の原因となる臓器の異常(虫垂炎や胆嚢炎など)を認めず、鑑別診断に有用です。

  • CT/MRI:

    • 通常、診断のために施行されることはありません。筋組織の炎症が認められる場合がありますが、特異的ではありません。

(6) 治療

  • 標準治療:

    • 対症療法: ウイルス性疾患であり、特異的な治療法はありません。疼痛と発熱に対する対症療法(非ステロイド性抗炎症薬:NSAIDs)が中心となります。

    • 安静: 症状が治まるまでの安静が推奨されます。

  • 予後: 症状は通常、数日から1週間程度で自然に軽快する予後良好な疾患です。ただし、数週間後に再燃することが稀にあります。


2. 整形外科的鑑別と重要性

整形外科領域においては、胸部や腹部の筋肉痛として来院した場合、以下の疾患との鑑別が必要です。

鑑別疾患 疫学/病態 疼痛の特徴 検査所見
肋骨骨折 外傷歴あり。骨の連続性破綻。 限局性の激痛、呼吸時増悪。 X線で骨折線(必ずしも全例で確認できるわけではない)。
急性腰痛症 不良姿勢や動作による筋・筋膜の損傷。 腰部に集中。発熱なし。 画像所見で骨や椎間板に特異的変化なし。
胸椎神経根症 椎間板ヘルニアや脊椎症による神経圧迫。 肋間に沿った分節的な疼痛、体動で増悪。 MRIで神経根の圧迫所見。

流行性筋痛症は、発熱を伴う急性の激痛であるため、特に急性腹症急性心筋梗塞胸膜炎といった外科・内科的緊急疾患をまず除外することが重要です。


【注意点・例外】

  • 鑑別の優先度: 流行性筋痛症は予後良好ですが、激しい胸痛や腹痛を伴うため、特に高齢者や基礎疾患(心疾患など)を持つ患者の場合、心臓疾患や外科的疾患の**レッドフラッグ(Red Flags)**を常に念頭に置き、除外診断を最優先で行う必要があります。

  • 小児: 小児で腹痛が主症状の場合、虫垂炎などの外科的疾患の除外が必須です。

  • 無菌性髄膜炎の合併: 稀に、無菌性髄膜炎を合併することがありますが、これも対症療法で軽快することが多いです。