関節液がめぐり、膝が「ほぐれて」いく
膝の中には関節液という潤滑液があり、骨の表面を覆う軟骨同士がこすれる摩擦を減らしています。夜間動かさずにいるとこの巡りが一時的に悪くなり、関節を包む膜や周りの組織も硬くなります。そこへ最初の一歩で体重がかかるため、痛みとして感じやすくなるのです。歩き始めると関節液が行き渡り、関節も温まってきます。
なぜクッションが効きにくくなるの?
関節軟骨は、水分と固体成分(コラーゲンや軟骨細胞)からなる「二相性(biphasic)」の組織として知られています。荷重がかかった瞬間、軟骨内の水分がすぐには逃げられず圧力を受けて硬くなり、この水の圧力(間質液圧)が体重の大部分を一時的に支えることで、摩擦を大きく減らしています(Ateshian GA. J Biomech. 2009)。
ただしこの状態は長くは続きません。荷重がかかり続けると、数十秒〜数分かけて水分が徐々に組織の外ににじみ出て(exudation)、圧力が下がり、摩擦係数が徐々に上がっていきます。夜間の長い不動時間のあと、起床直後の一歩目はこの「圧力がまだ十分に立ち上がっていない」タイミングにあたる可能性があり、動き始めに痛みを感じやすい一因と考えられています。歩き続けることで荷重と除荷が繰り返され、この潤滑バランスが安定してくるにつれて、痛みも和らいでいきます。
関節を包む膜(滑膜)にも軽い炎症が
膝OAは軟骨がすり減るだけの病気ではなく、関節を包む滑膜まで含めた「関節全体の変化」として理解されるようになっています。レントゲンで見える軟骨の減り方と、実際の痛みの強さが必ずしも一致しないのは、この滑膜の炎症が関わっているためと考えられています。
炎症があるって、どう分かるの?
MRIを使った縦断研究(Hill CL, et al. Ann Rheum Dis. 2007)では、経過とともに滑膜炎のスコアが変化した患者ほど、膝痛のスコア(VAS)も同じ方向に変化することが示されました。相関係数はr=0.21(p<0.001)と、決して強い相関ではありませんが、統計的に有意な関連です。つまり滑膜炎は痛みの一因ではあっても、それだけで痛みの強さのすべてを説明するものではないということでもあります。
さらに造影剤を使ったMRI研究(Baker K, et al. Ann Rheum Dis. 2010)では、高度な滑膜炎が確認された患者は、そうでない患者に比べて重症の膝痛を訴えるオッズが9.2倍(95%信頼区間 3.2〜26.3)高いことが報告されています。興味深いのは、この滑膜炎はMRIでは分かっても、診察で触ってもはっきり分からない程度のことが多い点です。「見た目や触診では分からないのに、実は炎症が起きている」というケースが、朝の痛みの背景にあることも少なくありません。
痛みの感じ方そのものにも個人差がある
同じくらいの関節の状態でも、朝の痛みの強さには個人差があります。これは、痛みを伝える神経の仕組みそのものが敏感になっている状態が関わっていることがあると考えられています。「気のせい」では決してありません。
痛みの感じ方が変わるってどういうこと?
研究では、圧力をかけたときにどこまでの強さで痛みと感じ始めるか(痛覚閾値)を、膝だけでなく、ふくらはぎや腕といった離れた場所でも測定します。膝OA患者では、膝はもちろん、痛みの原因があるはずのない腕でもこの閾値が健常な人より低く、つまり体全体が「痛みに敏感」になっていることが分かってきました(Arendt-Nielsen L, et al. Pain. 2010)。しかも痛みに敏感な人ほど、自覚的な膝の痛みも強い傾向がありました。
これは中枢性感作(central sensitization)と呼ばれる状態で、末梢の関節そのものの炎症とは別に、脳や脊髄で痛みの信号が増幅されて伝わりやすくなっていることを意味します(Woolf CJ. Pain. 2011)。この仕組みが関わっている場合、膝そのものの構造的な問題を治療しても痛みが完全には消えないことがあり、痛みへの向き合い方を考えるうえで重要な視点とされています。
関節リウマチとの違い
関節リウマチ(RA)の朝のこわばりは、これとは別の仕組みで起こります。夜間から早朝にかけて炎症性の物質が増え、体内のホルモンの分泌タイミングとずれることが原因とされています。膝OAの「動き始め痛」より長く続く傾向があります。
リウマチとの違い、もう少し詳しく
RA患者を対象に24時間かけて採血し、血中の物質の変化を追った研究(Perry MG, et al. Ann Rheum Dis. 2009)では、炎症を引き起こすIL-6という物質が深夜2時ごろから上昇し始め、早朝にかけてピークを迎えることが分かりました。一方、体を守る働きを持つコルチゾールというホルモンの分泌はこのタイミングとずれており、炎症を抑える力が最も弱い時間帯に炎症物質が最も強くなる、という状態が毎晩起きていることになります。
実際に、この考え方をもとに、夜22時頃に内服し、約4時間後の深夜〜早朝にプレドニゾンが放出されるよう設計された特殊なステロイド製剤(modified-release / delayed-release prednisone)が開発されています。欧州ではLodotra®として、朝のこわばりを伴う中等症〜重症RAに用いる遅延放出錠として、米国ではRayos®として「delayed-release prednisone」の名称で承認されています。ランダム化比較試験では、通常のステロイドを朝に服用する場合と比べて、朝のこわばりの時間が有意に短縮することが確認されました。ただしこの製剤は日本では承認されておらず、あくまで「特に朝のこわばりが強いRA患者への補助的な選択肢」という位置づけです。RA治療の中心は今も、抗リウマチ薬や生物学的製剤・JAK阻害薬であり、ステロイド自体は短期・少量の補助的な使用にとどめるのが一般的です。とはいえ、この一連の研究は「RAの朝のこわばりが体内時計に沿った全身性の炎症現象である」ことを裏づける、興味深い臨床応用例といえます。膝OAの動き始め痛が「動けばすぐ良くなる局所の現象」であるのに対し、RAのこわばりが長引きやすいのは、こうした背景の違いによるものです。
受診の目安
- 30分、特に1時間以上続く → 関節リウマチなどの炎症性関節炎に加え、膝OA自体が進行しているサインのこともあります
- 30分以内でおさまっても、痛み自体が強い、歩行に支障が出る → 持続時間にかかわらず受診をお勧めします
- 腫れ・熱感を伴う、複数の関節に及ぶ → 早めのご相談をお勧めします