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整形外科 外科
リハビリテーション科

※症候名であり心疾患を否定するものではなく、鑑別のため必ず心臓疾患を除外することが前提

●結論

cervical angina とは頚椎疾患(椎間板ヘルニア/変性/不安定性/神経根症/脊髄症・交感神経幹刺激)によって、胸部・前胸部・心臓部様の胸痛が生じる現象

心臓由来の胸痛とまったく同じ表現(圧迫感、絞扼感、背部放散、肩~上腕疼痛、不安感、悪心)をとることがあるため、虚血性心疾患と区別が困難


●なぜ「頚椎の異常」で「胸の痛み」が生じるのか

✦メカニズムは単一ではなく、複数のルートが存在する

痛みの発生経路 概要 関連レベル
(1) 上位胸神経への皮膚体性放散 C5–C7 の神経根障害が T2–T4 領域の前胸部皮膚に関連痛を生じる C5–7
(2) 交感神経幹を介した内臓痛様感覚 頚椎周囲の交感神経節刺激→内臓感覚様の痛み・動悸・不安感 C6–T2
(3) 前斜角筋・胸鎖乳突筋・胸筋群の筋性連関 頚椎疾患→二次性筋緊張→胸痛(T4シンドローム類似) C5–T4
(4) 脊髄脊髄レベルの収束 二次ニューロンレベルで収束→脳が「胸の痛み」と誤認 迷入入力

●最もエビデンスが強い中心仮説

■① 神経根性疼痛の“皮膚体性放散”

  • C5–C6 → 鎖骨上~上胸部痛

  • C6–C7 → 胸骨体〜前胸部痛

  • C7–T1 → 側胸部・腋窩痛

=心臓の位置と痛みの分布がオーバーラップするため誤認されやすい


●② 交感神経幹刺激モデル(内臓痛様の胸痛の理由)

頚椎は 星状神経節・上頚神経節・中頚神経節の領域と近接しており、
椎間板ヘルニア/骨棘/炎症/不安定性が交感神経節 → 内臓求心路へ異常入力。

→ 心臓由来の胸痛と酷似した以下を生じることがある:

  • 絞扼感・息苦しさ

  • 不安感

  • 同時性の動悸

  • 左上肢への放散痛

(※虚血性心疾患と臨床的にほぼ同じ感覚を自覚する理由の主要因)


●③ 鎖骨下・肩甲帯筋群の緊張連鎖(T4 syndrome に近い機序)

  • 頚椎障害 → 呼吸補助筋の代償(胸鎖乳突筋・斜角筋)

  • 胸郭前方の筋群(小胸筋)拘縮 → 前胸部痛

  • 背部の筋膜起点 → 前方に投射される関連痛

★重力下姿勢や長時間PC作業で悪化しやすい。


●④ 脊髄での“収束投射”

脊髄後角で 体性痛覚線維と内臓求心線維が収束
→ 脳は「本来の入力地ではなく胸部由来」と誤認
(=収束投射仮説 Convergence-projection theory)


●臨床所見の特徴(鑑別に役立つ)

cervical angina を支持 虚血性心疾患を支持
頚部・肩甲帯の動作で再現・増悪 労作性/安静時でも発作
洛髄神経根症の随伴(しびれ・握力低下) 発汗・冷汗・呼吸困難
Spurling陽性・Jackson陽性 心電図変化・Troponin上昇
NSAIDsで改善することが多い ニトログリセリンで改善

⚠️ ただし 両者が併存するケースもあり、鑑別のため心疾患の評価を先行する。


●よくある原因疾患

  • C5–C6 / C6–C7 頚椎椎間板ヘルニア(最多)

  • 頚椎症性神経根症

  • 頚椎症性脊髄症

  • 椎間関節性疼痛

  • 頚椎不安定症

  • むち打ち後遺症(WAD)

  • 胸郭出口症候群との混合型


●なぜ見落とされやすいのか

  • 胸痛=即 cardiac emergency というバイアス

  • 心臓の精査をしても器質的異常が見つからない

  • 症状が典型的な狭心症パターンに非常に類似

  • 胸部痛が先に出現し、頚部症状が乏しいこともある


●臨床的な“Red flag”

以下を伴う場合は頚椎由来を疑っても心疾患を除外するまで帰結しない

  • 冷汗/失神発作/呼吸困難

  • 動悸をともなう胸痛発作

  • 労作時のみ痛みの増悪

  • トロポニン・CK-MB・心電図の異常


●まとめ

頚椎障害が 神経根性放散痛・交感神経幹刺激・筋膜連鎖・脊髄収束投射 を介して心臓様の胸痛を生む状態が cervical angina