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整形外科 外科
リハビリテーション科

【2025-11-21 JST】

### 胸椎椎間板ヘルニア(thoracic disc herniation)

—胸髄圧迫を主体とする稀だが重要な脊椎疾患—


【結論】

胸椎椎間板ヘルニアは、胸椎椎間板が後方または後側方に突出し、胸髄あるいは胸神経根を圧迫する疾患であり、全椎間板ヘルニアの 0.15〜4% 程度と非常に稀です。

胸椎は肋骨によって安定し可動性が低いため、腰椎・頚椎に比べ発生頻度は著しく低いものの、狭い胸椎脊柱管と血行支配の特殊性により、わずかな圧迫でも胸髄症を呈しやすい点が臨床上極めて重要です。

症状は、

  • 胸髄症(痙性歩行、下肢脱力、膀胱直腸障害)

  • 胸部帯状痛(神経根障害)

  • 前胸部痛・上腹部痛(根症状の放散)
    が主体で、**“非典型的胸痛・腹痛”**で受診する例もあります。

MRI が診断の中心であり、髄内T2高信号を伴う場合は胸髄症として重症度が高い

治療は症状と画像の一致を前提に、胸髄症では外科的減圧術が検討される(治療の具体的指示は避け、枠組みのみ述べます)。


【根拠】


① 疫学・病態背景

  • 全椎間板ヘルニアの 0.15–4%(一次文献:JNS Spine, Spine)

  • 好発レベル:T7–T12(胸椎下位は可動性がやや高い)

  • 発生要因:加齢性変性、外傷、側弯症、Scheuermann病など

  • 20–40% に**石灰化ヘルニア(calcified thoracic disc)**がみられるとされる
    → 胸椎椎間板は石灰化しやすいという解剖学的特徴

胸椎は肋骨と胸郭で安定しており、可動性が小さいため椎間板への剪断力が少なく、発生率が低い


② 症状:

● 1)胸髄症(myelopathy)

胸椎脊柱管は頚椎・腰椎より狭く、後縦靱帯の肥厚も加わりやすいため、
わずかな椎間板突出でも胸髄圧迫が起こる。

典型症状:

  • 下肢痙性歩行

  • 下肢脱力・感覚障害

  • びまん性の異常感覚(「胸から下が変」)

  • 膀胱直腸障害

  • Long tract sign(Babinski など)の陽性

● 2)胸神経根症(radiculopathy)

  • 一側性の帯状痛(Tレベル)

  • 肋間神経痛との鑑別が必要

  • 前胸部痛・心窩部痛として受診することがある
    → 心疾患・胆嚢・胃疾患との誤診がありうる


③ 身体所見

  • Tレベルの感覚障害

  • 核上性徴候(胸髄症)

  • トランクのバランス障害

  • 腹壁反射の左右差

  • 痛みを伴わない進行性歩行障害があり注意を要する


④ 画像所見

● X線

  • 椎間腔狭小、石灰化影

  • 有意な診断価値は限定的

  • 骨粗鬆症性圧迫骨折との鑑別が重要

● CT

  • **石灰化ヘルニア(calcified disc)**の評価に有用

  • 片側性の突出や骨棘形成を明瞭に描出

  • 黄色靱帯石灰化との鑑別

● MRI(診断の中心)

  • T1:椎間板突出は低信号

  • T2:高信号のヘルニア塊、脊髄の圧迫

  • 髄内T2高信号(intramedullary hyperintensity)
    → 胸髄症の存在を示唆
    → 進行例では高度の髄内変性像を呈する

● MRIミエログラフィ

  • 高度狭窄例で圧迫レベルを明確化

● 超音波

  • 胸椎領域では実質的には使用せず


⑤ 鑑別診断(同一深度で整理)

疾患共通点相違点
胸椎椎間板ヘルニア下肢痙性歩行、背部痛帯状痛、Tレベル症状、MRIで椎間板突出
黄色靱帯骨化(OLF)胸髄症OLF の骨化像(CTで明瞭)
後縦靱帯骨化(OPLL)胸髄症前方からの連続的骨化、広範囲
胸椎圧迫骨折背部痛、亀背楔状変形、MRIでSTIR高信号
脊髄腫瘍(髄外・髄内)歩行障害MRIで腫瘍性病変
硬膜外膿瘍胸髄症発熱、採血異常、MRIで膿瘍形成

⑥ 治療の枠組み(指示は行わず、原則のみ)

● 保存治療(根症状・軽度)

  • 安静

  • 疼痛管理

  • 経過観察

  • 神経学的進行がない場合に選択されることがある

● 手術的対応(胸髄症)

胸髄症を呈する例では、国際的には

  • 後方アプローチ(椎弓切除 ± 椎間板摘出)

  • 経肋骨・側方アプローチ(trans-thoracic / costotransversectomy)
    などが検討される。

※どの術式を選択するかは、ヘルニアの部位(中心性/偏在性/石灰化)と脊柱管の解剖で大きく変わる。

石灰化ヘルニアでは硬く脊髄に癒着することもあり、術式選択が重要。


【注意点・例外】

  • 胸髄症は進行性のことがあり、腰椎狭窄と誤診されやすい。

  • 胸椎レベルの脊髄腫瘍との鑑別は MRI で必須。

  • 下肢痙性歩行があっても腰椎では説明できない場合、胸椎 MRI が不可欠。

  • 石灰化ヘルニアは小児にも発症する。

  • 高齢者では圧迫骨折・黄色靱帯骨化との合併により複合狭窄を呈しやすい。