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整形外科 外科
リハビリテーション科

【2025-11-20 JST】
胸骨筋症候群(sternalis muscle syndrome)


【結論】

胸骨筋症候群(sternalis muscle syndrome)は、胸骨前面に存在する稀少な付加筋である sternalis muscle(胸骨筋)の過緊張・筋膜性トリガーポイントにより生じる胸骨傍の限局性胸壁痛であり、器質的疾患を伴わない筋・筋膜性疼痛症候群の一亜系として理解されます。胸骨筋自体は解剖学的バリエーションとして正常構造の範疇にあり、病的意義は通常ありません。しかし、大胸筋・胸骨筋の筋膜連鎖が過度に緊張すると、胸骨左縁〜第3〜5肋軟骨付近に鋭い局所痛や姿勢依存性の疼痛が発生し、心疾患や肋軟骨炎との鑑別が必要となります。

本症候群は、臨床上 “胸の痛み” を訴える患者の一定数にみられる非器質的胸壁痛の代表であり、心臓性胸痛と異なり、疼痛は短時間で変動し、体位や上肢運動で増悪する可逆性の特徴を持ちます。画像所見は正常であることがほとんどで、診断は 圧痛点の局在と疼痛再現の一致 から得られます。治療は筋膜性疼痛の枠組みに従い、姿勢調整、大胸筋ストレッチ、疼痛コントロールを中心に進められ、特別な外科的介入は不要です。

ただし、胸骨痛の背景には 肋軟骨炎、Tietze症候群、胸鎖関節炎(感染を含む)、胸骨疲労骨折、前縦隔腫瘍、心疾患 などの器質的・危険疾患が潜在する可能性があるため、筋性疼痛として説明する前に red flags(発熱、腫脹、夜間痛、労作時胸痛、呼吸苦、外傷歴) を系統的に除外することが推奨されます。


【根拠】

● 解剖学・疫学

sternalis muscle は胸骨前面・大胸筋直上に縦走する付加筋で、解剖学的出現率は 4–8% 程度とされる(PubMed 収載の剖検・CT/MRI解剖研究)。

起始・停止には個体差が大きく、胸鎖乳突筋・腹直筋鞘・大胸筋との連続を示す場合があります。
病態生理は、大胸筋と胸骨筋の 筋膜連鎖の緊張異常 と理解されており、胸骨傍部に限局した筋膜痛を呈します。


● 臨床症状

  • 胸骨傍の限局性疼痛(刺すような痛み・鈍痛)

  • 体幹前屈・肩前方挙上で症状が増悪することがある

  • 上肢挙上や大胸筋緊張で痛みが誘発

  • 深呼吸で痛みが増す例もあるが、胸膜炎ほど顕著ではない

  • 圧痛点は胸骨左縁に多いとされるが、左右差は一定しない

痛みは心臓性胸痛と異なり 短時間で変動し、姿勢依存性 を示すことが多いという特徴があります。


● 身体所見

  • 胸骨傍・第3〜5肋軟骨レベル周囲に限局した圧痛点

  • 大胸筋のストレッチや胸骨前面筋の収縮で疼痛再現

  • 骨性圧痛は伴わない(胸骨骨折・Tietze症候群との鑑別点)

  • 神経学的異常所見は通常みられない

筋膜性疼痛に典型的な トリガーポイント様の過敏反応 を認めることがある。


● 画像所見

胸骨筋自体は病的変化を示すことが少なく、
画像所見単独では確定診断できません。

  • X線:異常所見を示さない

  • CT:胸骨前面に薄い筋束を描出する程度。腫瘍・骨折・炎症の除外に有用

  • MRI:T1/T2で筋組織として描出されるのみ。炎症所見は通常伴わない

画像検査の主目的は、胸骨骨折・胸腺腫瘍・前縦隔腫瘍・肋軟骨炎・Tietze症候群・心膜疾患
など胸骨前面痛を呈する器質的疾患の除外です。


● 鑑別疾患(同一深度の構造で整理)

疾患 疼痛の局在 特徴的身体所見 画像所見 補足
sternalis muscle syndrome 胸骨傍の限局痛 筋・筋膜性圧痛、姿勢で変動 器質的異常なし 解剖バリエーション
costochondritis(肋軟骨炎) 第2–5肋軟骨部 肋軟骨接合部の強い圧痛 X線正常 炎症は組織学的に証明困難
Tietze症候群 第2–3肋軟骨 びまん性腫脹+限局痛 MRIで軟部腫脹 若年者に多い
胸鎖関節炎(感染含む) 胸鎖関節部 熱感・腫脹 造影MRIで浮腫・滲出 糖尿病・免疫抑制で注意
胸骨疲労骨折 胸骨正中 打診痛・局所性骨圧痛 CT/MRIで骨梁障害 ランナー・軍人など
心臓性胸痛 前胸部中央〜左側 労作時増悪、放散痛 心電図・血液で確認 red flag

● 治療(標準的方針の記述)

sternalis muscle syndrome は器質的疾患ではなく、筋・筋膜性疼痛の治療体系の中で扱われます
特異的ガイドラインは存在せず、PubMedでも症例・記述研究が主です。

  • 姿勢調整・大胸筋ストレッチ

  • 一時的安静と活動調整

  • 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)などの疼痛コントロール

  • 筋膜リリース・トリガーポイント治療が臨床的に用いられることがある
    (エビデンスは限定的であるため “用いられることがある” と記述)

外科的治療は不要です。


【注意点・例外】

  • 高齢者・ステロイド内服者・悪性腫瘍既往では、胸骨前面痛が骨転移・骨髄炎の可能性を秘めるため、筋診断のみで説明してはならず 器質疾患の除外が必須

  • 免疫抑制状態では胸鎖関節の化膿性関節炎がまれに発生するため、熱感・腫脹を伴う場合は慎重に評価が推奨される。

  • 画像で胸骨筋が確認できても、それ自体が疼痛の原因と断定はできません。

  • 胸痛の鑑別には 心疾患・肺塞栓・解離 など生命を脅かす疾患が含まれ、胸痛が急性発症・持続性・活動依存性でない場合はまず内科・循環器的評価が優先されます。